(中)地獄に挑む いざ新川通

11:09 大会最強の魔物=新川通に挑む

 創成川通りから北24条駅の近くで左折し、北24条の街並みを東から西へ通り過ぎて、さらにJR新川駅付近から北区をひたすら走る。スタートの負債とトレーニング不足過ぎる脚力のおかげで「写真撮ってる場合じゃないアラート」が鳴り始める。

 地道に西へ向かい。無念無想で。

 そういや井上陽水は「東へ西へ」と歌い、Mr.Childrenは「ニシエヒガシエ」だったよな。ミスチル、中学生のころ好きだった。陽水は歌詞に「ガンバレみんなガンバレ」、ミスチルの歌詞には「必死で猛ダッシュです」ってあったよな。なんてことを思ったり思わなかったり。

 ・・・って全然無念無想じゃない!

 心境的にはミスチル(必死で)、歌詞のタイトル的には陽水なkimochiで向かうのは・・・そう、北海道マラソンの最強の魔物にして、大会の“地獄偏差値”を爆上げしている新川通(しんかわどおり)だ。

大会の難易度を爆上げする「優等生」的存在=新川通。走行区間は往復12km程度。全体の3割強を占める


直線区間そのものが化け物=新川通
 スタートから約20kmの地点に控える大会屈指の怪物=新川通に挑むのは今回で3度目。ところでなぜ新川通は地獄だ魔物だと言われるのか。

 その理由は片側3車線の広大な通りに、太陽光をさえぎるものがないこと。さらには微妙なアップダウンが慢性的に続くことが挙げられるかなあ。

 この新川通で計21kmのハーフ地点に至るのだが、全行程の半分を走り切っても、まだ直線が延々と続く。直射日光+アップダウン+半分過ぎてもまだ直線が続くというランナーの心を折りたくてたまらない人が設定したコースにしか思えないんですよ。何度走っても。

これまでの戦績は1勝1敗
 新川通はこの日も相変わらず片側3車線だった。

 新川通は今日も広かった。

 まっすぐな道路ズドーン!太陽ピカー!登ってるのか下ってるのかわからなくなる目と頭の錯覚。ハーフ過ぎてもまだまっすぐ!精神と肉体が試される心の滑走路。北海道マラソンの新川通はそんな存在だ。

 ちなみに過去2回の私の戦績は1勝1敗。最初の2013年は新川通で土砂降りの雨が降って一気に体が冷やされて、想像以上に快適に走りきれた。しかし翌年2014年は、前田森林公園の折り返し地点の前後で手の小指が痺れ始めて、明らかに熱中症の症状が出始めて途中棄権した。あのときはメディカルスタッフに経口補水液をもらって、息を吹き返した。

 心拍数に耐えられるトレーニングだけは続けてきたつもりだけど、走っても歩いても折り返し地点が見えない。新川を渡る南北の橋と交差するたびにコースあいまいに登り、あいまいに下っている。次第に路面状況を察知する感覚も鈍り始める。

 給水ポイントで水やスポーツドリンクを何度も何度もいただいても、ちっとも乾きが癒えない餓鬼道状態。まさに地獄。「今回も無理かも・・・」というマイナス思考が脳裏に去来しつつあった。11年前の二の舞はごめんだ。高い参加料払ってるのに!

11:54 地獄に「2%の天国」 だんだん機械になる

 地獄だ魔物だとランナーには散々な新川通。でも地獄の中にもオアシスはあるんですよ。

 スタートから26km前後の前田森林公園は、飲み物を提供するエイドエリアがある。ここで「雪玉」を提供しているそうで、これがずっと気になっていた。空知の沼田町で採取された雪を保存し、大会のために持ってきたという。雪というよりは溶けてシャーベット状になっていたものの、天然の冷却材は地獄コースを2%くらい天国に変える力があった。

 帽子と頭の間に雪玉を入れて、さらに西へ進む。ふだんなら「ギャー!冷たい!」って叫びそうになるほどなのに、コースの地獄度に比例して心拍数も上がっているせいか「ちょっと気持ちいいな」程度にしか思えなかった。

真夏の地獄コースに雪。天国でしかない


 エイドの雪コーナー、ドラクエとかFFとかのRPGで言えば、ラスボスが最終形態になる前に、プレイヤーのHPとかMPを全回復させる「温情」みたいなものか。

 やはり正真正銘のラスボスは新川通なのではないか。って走った後の今なら、そう受け止められる。けど走っているとそんなことを考える余裕もない。とにかく「もっと雪で体を冷やしたい」って悲鳴を上げる体と、「やばい!制限時間が近づく!」という心の叫びでバラバラに引き裂かれそうになるのを必死でこらえていたのであった。

 なんてカッコいいこと言う余裕すらなかった。ただただ、私は、僕は、おいらは、meは、西へ向かう。ニシヘムカウ。ni shi he mu ka u。n i s h i h e m u k a u。01101110 01101001 01110011 01101000 01101001 01101000 01100101 01101101 01110101 01101011 01100001 01110101(二進数で表現)。

 私は「西へ向かうマシーン」になっていた。

12:08 折り返しても地獄は地獄

 地獄にも始まりがあれば終わりがある。終わりが見えないから地獄であるのならば、折り返し地点に到達すれば地獄の「地獄度」は下がるはず・・・と期待していたが甘かった。

 スポーツウォッチの心拍数計は、走るとすぐに160を超える。100メートル走って300メートルくらい歩くを繰り返す。するとだんだん、歩いているだけでも普段のジョギングトレーニング時の心拍数=140~150近くにまでしか下がらない状態になる。これはまずい。でも前に進まないと関門時間が迫る・・・。

 そしてもう一つ、妻と30km地点で待ち合わせて飲み物をもらうというミッションも設定していた。真夏日にこそ達してないが、過酷な新川通で妻を待たせるのは申し訳ない。早く到着したい。

 でも走る4割、歩く6割、走る2割、歩く8割と、ペースダウンだけがどんどん加速していく。「走れメロス」の心境って、こんな感じだったのだろうか。なんて思う余裕もない。

12:30 音楽は言葉を超える 「地獄」を地獄にしているのは私かもしれない

 30km地点まで行ければいい。妻と会えればいい。折り返し地点を過ぎて、それだけ考えることにして東へ向かい始めると、新川高校のブラスバンドが「負けないで」を演奏してくれた。

 この曲だよ!明るいメジャーコード。坂井泉水のビューティフルすぎる歌詞。「頑張れ」じゃなくて「負けないで」。なんて良いワードを選んだんだろう。歌がないブラスバンドだからこそ、あの歌詞がリアリティを持って自分に降りかかってくる。30km関門は突破できるかもしれない。

 しかし次の35km関門は厳しいかもしれない。

「最西端」で折り返して東へ。「時間地獄」との新たな闘いが始まる


 でも、前に進まないと時間の壁が私の背中のすぐそこまで追いかけてくる。

 何から負けないのか。

 何に負けないのか。

 新川通の地獄の正体は何だ? はっきり見えた気がした。

 関門だ。関門の制限時間だ。

 30km地点を無事に突破し、妻からポカリスエットをもらい「もしかしたらダメかもー」なんて弱気を吐いたかもしれないが、敵が見えてからは、関門時間の対処法が分かったような気がする。

 そしてスマホで大会公式サイトを逐一確認し、関門閉鎖時間と時計のにらめっこがはじまり、写真を撮る余裕が完璧になくなった。